2011年8月12日金曜日

富士スピードウエイの思い出

一番最初に来たのが、第3回日本GPを観戦した時だ。(こう書くと随分記憶が良いと思ったら大間違い)
どうやって行ったのか?
誰と行ったのか?
まったく覚えていない!
只いまだに覚えていることが1つだけある。
多分ホームストレッチ裏を歩いている時に、いきなり横から見覚えのある顔が2つ・・・・
その顔を見た瞬間多分、当時16歳のオレは口を4秒くらい開けっ放しだったと思う。

なんと眼の前でニコニコしている女2人は同じ高校の女子だ!
今覚えているのはこれだけだ
当時その後に人づてに聞いた・・・俺を追いかけて長野から・・・
高速道路もない時代にどうやって・・・そしてあの何万人といるコース内でどうやって俺の目の前に・・・・
俺も昔は、もてたんだなぁ
しかし考えて見ると可愛そうなことをした。車の免許もバイクの免許もないので、電車バスを
乗り継いで・・・
多分軽く一日がかりだったろう。
何故帰りに「一緒に帰ろう」と云わなかったんだろう。
今の俺を知る人は皆云うだろう。
「嘘だー」
レースでは30度バンクを下れずにそのまま直進した車があったと思う。(違う時かな?)

次の思いでは
当時MCFAJでは富士モトクロスというシリーズ戦があった。
いきなりのレースではと思い、事前に見に来た時だ。
パドックがやけに広く(当時500台位は軽くエントリーしていた)そこを皆ヘルメットも被らずエンジン調整で走っていた。
見る物すべてが始めて見る光景、雑誌で見た選手が目の前を走っている!

それからこの富士モトクロスにエントリーしたのは2~3ヶ月後だと記憶している。
岡谷OMCの面々、松本オートブラザースの面々
長野からエントリーしていたのはこんなもんだった。

中央高速などない時代 R20号を軽トラで、一人旅だ御坂峠を登る頃から地元山梨のチームがトラックに数台載せて追い越して行った。
このバイクを見て勝てないと思ったことをよく覚えている。








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